鞠挟み紋の古墳出土の鏡文様由来説について(小林雅成、平成22年6月24日発表)


←筆者所有の内行花文鏡のレプリカの写真。縮小スケールで約2KG.中心部分の文様が家紋の鞠挟みと相似している。

家紋の「八段鞠挟み」
要約:家紋の鞠挟み(まりばさみ)紋は、蹴鞠(けまり)の鞠をはさんで固定する道具由来ではない。

理由1:形状は似ているが、実際の蹴鞠の道具は外側の湾曲部分がなだらかである。

理由2:道具にある鞠を挟む接合部分が、家紋の鞠挟み紋には描かれていないケースが多い。

理由3:仮に鞠挟み紋イコール蹴鞠の道具ならば、蹴鞠をしていた人が多かった京都府が現在でも使用家が一番多いはずである。
実際は京都府の使用家は福島県と同じ全国で10番目である。
現在の定説ではこの分布の説明が困難である。さらに全国の各地方に分散している分布も説明できない。
その昔、年貢に苦しんでいた地方の農民層が蹴鞠をしていたのか?

理由4:鞠挟み紋が蹴鞠の道具をモチーフにしたならば、公家の子孫が記念に鞠挟みを使っていてもおかしくない。
だが文献調査の結果では、公家の子孫では使用家は0軒である。

理由5:鞠挟みの中に別の家紋を配置した合成紋のばあい、外側の家紋の意義と内側家紋の意義の関連性が従来の定説では納得できる説明に至らない。

理由6:文献では、使用家は武家が目立つ。

理由7:内行花文鏡(連弧文鏡)の弧状部分の頂点は、6つのと8つの鏡が多く出土しているが、家紋の鞠挟みも6段と8段の2種類がある。

以上の理由により、家紋の【鞠挟み】という用語は、形状が鞠挟みに似ている理由で、昔に便宜的に付けられたと推定する。
それが後の世に一人歩きし、家紋帳の分類として定着したものであろう。

より詳しくは、月刊『歴史読本』2010年8月号の310〜313ページを参照。