小林雅成 こばやしまさなり
日本家紋研究会 副会長
家系研究協議会 理事
歴史研究会 会員
山陽新聞カルチャープラザ(休み中)
NHK文化センター(不定期)

神戸新聞文化センター(休み中)、大阪よみうり文化センター(休み中)・近鉄友の会(不定期)の各講師。
家紋講座開設状況(休み中)
執筆依頼、講演会のお話はメールでご連絡お願い致します。
家紋講座で出講させていただいた場所:香川県高松市、大阪府大阪市、高槻市、守口市、鳥取県鳥取市、兵庫県神戸市、姫路市、千葉県千葉市、岡山市など。
美作国津山松平藩の御用商人(呉服問屋)の子孫、元禄の頃倉敷村の町年寄をしておりました者の後裔。
元、日本家紋研究会関西支部長
鞠挟み紋の古墳出土の鏡文様由来説について
◎執筆内容など↓
新人物往来社『歴史読本』2012年3月号で木瓜紋の起源についての新説を展開しました。
新人物往来社『歴史読本』2011年11月号で紀元前の鏡文様に家紋の源流が見いだせるのではないかという内容で、使用家の推定まで試みました。
新人物往来社『歴史読本』2011年5月号で柏紋と古代ユダヤの紋章と題して、メソポタミヤ起源ではないかという大胆な仮定を記述しました。
新人物往来社『歴史読本』2011年3月号で南天紋の解説、戦国時代の主従関係・ルーツの推定と伝承が複数ある場合の解釈を試みました。
新人物往来社『歴史読本』2011年1月号で古墳の壁画に描かれた家紋(蛇の目、鱗、輪鼓紋)の源流の解説を試みました。
新人物往来社『歴史読本』2010年11月号で石田三成の大一大万大吉紋の解説を試みました。
新人物往来社『歴史読本』2010年8月号で鞠挟み紋の起源に関して新説(古墳出土の鏡文様由来説)を提示しました。
新人物往来社『歴史読本』2010年3月号で植物紋に隠された動物の話をとりあげました。
新人物往来社『歴史読本』2010年1月号で中国地方5県の苗字の解説、村山ランキング作者・村山忠重氏へのインタビュー、苗字コラムなどを執筆しました。
新人物往来社『歴史読本』2009年12月号で稀少紋:盛り塩紋を解説。
新人物往来社『歴史読本』2009年9月号にNHK大河ドラマ直江兼続に関連した三つ葉紋(稀少紋)を発表。【売切れ感謝!】
新人物往来社『歴史読本』2009年7月号に平家の蝶紋は、金属製品を暗示しているという新説を発表。
新人物往来社『歴史読本』2009年4月号に戦国大名三村氏の末裔ではないかと思われる絶家した家の家紋を紹介。
新人物往来社『歴史読本』2009年2月号に香辛料の丁子紋は、見方を変えると金属製品を暗示しているという新説を発表。【売切れ感謝!】
新人物往来社『歴史読本』2008年12月号に木瓜紋=松ぼっくり切断面説(福永説)を援用しつつ家紋から日本の歴代軍事政権をささえた産業の解読を試みた。【売切れ感謝!】
著書:「岡山の家紋」(平成11年)、岡山の家紋データブック(平成12年)
「岡山の家紋」 第2巻 (平成18年4月) 
中・高校生向け雑誌「PLASMA」2008年4月号に戦国武将の家紋に関する取材記事が掲載されました。
新人物往来社『歴史読本』2008年10月号にユダヤ遺跡の模様と日本の家紋の類似性を執筆。【売切れ感謝!】
新人物往来社『歴史読本』2008年4月号に稀少紋「亀甲に冠」紋を執筆。【売切れ感謝!】
新人物往来社『歴史読本』2008年2月号に稀少紋「竹輪に割り梅鉢に六枚笹」紋を執筆。【売切れ感謝!】
新人物往来社『歴史読本』2008年1月号に稀少紋「丸に隅入り四つ石内に中陰変わり割り五つ星」紋を執筆。【売切れ感謝!】
論考:「家紋における数の概念について」 『家系研究』第44号 所載 (平成19年11月) 
平成18年 新人物往来社『歴史読本』7月号にルーツの探求方法を執筆。
論考:「岡山県内の木の附く地名について」 『家系研究』第41号 所載 (平成18年4月) 
平成18年11月21日、大阪のABC朝日放送のムーブ!(午後3:49〜5:54)で5時過ぎ頃に首相官邸で使用されている五七桐についてコメントした内容が放映されました。
岡山県の家紋
ルーツから日本人論まで紋章学の視点からカルチャースクールで精力的に言及している。
小生の母校の同期生から年賀状が届いた。昨年から某大学の助教授をやっているとのこと。秀才だった連中は全て先生になる。
"Comparative Study on Heraldry"というのを書きたい。大学に戻って、古代ヘブライ語と旧約聖書の研究をしたい。
インターネットで1997年から家紋データベースの重要性を説いてきた。【家紋ビジネス】の造語をつくるなど従来のルーツを探すツールとしての家紋から、データベース・マーケティングのツールとしての家紋を提唱した。
10年経って業者にはこうしたことは常識となったが、1997年当時は”胡散臭い話”と見なされたものでした。
人によりケース・バイ・ケースですが、命がけで戦っていた戦国以前がわかる家は幸福ですね。
初代小林右衛門太夫政盛は、今でいう軍事コンサルタント的なことをやっていたらしい、3代目が建てたものが郷土史の本にのっていたり、5代目は近隣の大庄屋と交流があった。
8代目は浄土真宗の住職の血を引いているため、子孫が理屈っぽくうんちく垂れは優性遺伝?9・10代目はかなり金持ちだったらしい。


昨年冬、sac-hiというブランドに出会った。西心斎橋の若者の展示会は熱気に包まれていた。 写真引用につき、予めsac-hiの酒井様より承諾済み
小生のみ、ダブルのスーツに革靴という浮いた格好だった。でもそこは、非常に刺激的な空間だった。



↑シルクではなくてレザーで出来ている。
オリエンタルとオクシデンタルという月並みな形容詞では描き切れない雰囲気が
かもし出されていてた。そこは、通常だと白と黒の【喪】も場であるはずだが、
何かがジェネレートされているのを確かに体感できた。これから、どちらに
クトルが向いていくのだろう。楽しみが増えた。




日本家紋研究会関西支部へ 家紋一覧へ 都道府県別名字索引へ